
我が家にニワトリたちがやってきました。
日を重ねるにつれ、
少しずつ、ニワトリという生きものの
“気質”のようなものがあらわれてきました
。
夜中の1時や3時に、鳴き出すこともあり、
困ってしまいました。
けれど鳥たちは、
人間の時間ではなく、
月の光、
風の流れ、
遠くの音、
気配、
群れの緊張、
そうしたものに、
とても繊細に反応しながら
生きています。
わたしは最近、
困りごとの多くは、
「知らない」
ということなのかもしれない、
と感じています。
知らない存在に出会うと、
人は少し怖くなります。
どう扱えばいいのか、
どう理解すればいいのか、
わからないからです。
けれど、急いで判断せず、
離れたところから、見つめていると、
「困りごと」だと思っていたことが、
その存在の自然な姿だった、
ということがあります。
ほんとうは、
困りごとではなかった。
ただ、
まだ出会えていなかっただけだった。
Rudolf Steiner は、
世界を、
ただ分析するのではなく、
「どのように存在しているか」
を見つめようとしました。
植物を観ること。
子どもを観ること。
動物たちを観ること。
それは、
何かを支配するためではなく、
その存在に、通わすような営みです。
羊には、静けさがあります。
犬には、寄り添う温かさがあります。
そして鳥には、
空へひらかれた軽やかさがあります。
羽を持つものと、蹄を持つもの。
その間で、
人間が暮らしている。
その風景の中にいると、
世界は、
人間だけのものではなく、
たくさんの生命たちによって、
織りあげられているのだと感じます。
知った時、
そのものと本当に繋がれる。
理解するというより、
少しずつ、
心が触れていくような感覚です。
今、
ニワトリたちが、
そんなことを教えてくれている気がしています。

