Märchen
『語る者』から『聴く人』へ
〜魂の変容の旅〜
『シュタイナー教育講座』
メルヒェン(素話)+唄と絵と詩
Waldorf Nature Art School
2026年10月 開講|Zoom講座(全22回)
わたしは、語る人でありたい
物語の奥にひそむものに耳を澄ませ
そこにある光を
ことばにのせ、手渡す人でありたい
わたしは、観る人でありたい
目の前にあらわれている姿だけでなく
その内で
見えないまま育とうとしているものを
わたしは、聴く人でありたい
子どもの声に
世界のささやきに
まだ、ことばにならないものに
耳を澄ませていたい
語りながら、聴き
見つめながら、観る
人はみな
その人だけの道を生きている
物語も
芸術も
自然も
生活も
教育も
その人が
ほんとうの自分へと再び会うまでの
扉なのだと思う
わたしは、その営みを生きていたい
ひとつひとつの出会いが
その人の魂の光となりやがて
その人自身の力で
世界へと歩いていけますように
この講座について
この世界に生きることの美しさと悲しみ、
目に見えないものとのつながりを思い出しながら――
物語と動き、祈りと手しごとを通して、
シュタイナー教育の霊的な根にふれる一年の旅が始まります
◆この講座で育まれる7つの柱
シュタイナー思想に基づくメルヒェン(素話)
— 物語の奥にひそむ “光” を生きる —
❖ 子どものためにだけではなく、魂のために
語り手の口から静かに紡がれる、昔話
そこには、はるかな記憶のような安らぎと、言葉にできない深い力があります。
シュタイナーが「魂の糧」と語ったメルヒェン。
それは、ただの空想話ではなく、人間の魂が歩む“霊的な旅”そのものを映し出す、象徴の世界です。
❖ メルヒェンは、魂の地図
王子や王女、魔女や小人、森や道具たち—
それらはすべて、わたしたち自身の中にある、魂の一部を映す存在です。
困難に立ち向かい、導きを受け、
やがて祝福に至る物語は、
わたしたちの人生そのものを描いています。
この講座では、シュタイナーの思想に基づいて、
メルヒェンを外側から読むのではなく、内側から生きるように感じていきます。
メルヒェンは、読むものではなく、生きるもの。
そして、語ることは、在り方そのものに直結しています。
シュタイナーの語る世界観を土台に、
私たちの語りが、誰かの魂に光を届ける灯火となりますように。
メルヒェンぬらし絵
― 色のひびきの中で、物語にもう一度出会う ―
メルヒェンを聴いたあと、
すぐに意味をとらえようとするのではなく、
心に残った気配や余韻を、
にじみあう色を通して迎え入れていく。
それが、メルヒェンぬらし絵です。
❖ 色は、ことばにならないものを映す
シュタイナー教育におけるメルヒェンのぬらし絵は、
形を上手に描くためのものではありません。
水と色と紙のあいだに生まれる出会いを通して、
自分の内に動いたものを受けとっていきます。
青の静けさ
赤のぬくもり
黄色のひかり
色と色が出会い、
近づき、離れ、
重なりながら、新しい色が生まれていく。
その営みに身をゆだねるとき、
物語は、頭で理解するものから、
自分の内で生きる像へと変わっていきます。
この講座では、
メルヒェンをことばで学ぶだけでなく、
物語を聴き、
そこに残った余韻を
色の世界でもう一度たどります。
描くことを通して、
まだ、ことばにならないものに耳を澄ませ、
一人ひとりの内に宿るものを
見つめていきます。
ライゲン(輪舞)
― からだと魂がひとつになる、祈りのうたと動き ―
ライゲンとは、ドイツ語で「輪」「環」「連なり」を意味する言葉に由来し、歌と詩と動きを一体として行う、円環の遊び・舞いのようなものです。
シュタイナー教育では、特に幼児期(0〜7歳)の子どもたちにとって非常に重要な「芸術的・霊的な運動」として位置づけられています。
❖ ライゲンは、「世界と調和して動くこと」
体操や遊戯ではありません。
それは、自然界のリズム(春夏秋冬・朝昼晩・植物の成長など)と人間の魂の動きとを響き合わせる、霊的な身体行為です。
春には芽吹くように、
夏には太陽に向かって開き、
秋には収穫を喜び、
冬には静けさの中に眠る…
こうした自然の姿が、言葉と動きと音楽で象徴的に表現されるのがライゲンです。
祈りと魂の自己教育
― 日々の営みを、霊性の目で見つめなおす ―
この講座の根底には、「自己教育」というシュタイナー思想の核心が流れています。
私たち大人がまず、自らの内なる魂に目覚め、世界と響き合いながら変容していくこと。
それこそが、子どもたちに本当に手渡すことのできる「教育」そのものです。
❖ 霊的なまなざしで、日常を見つめなおす
洗濯を干す、食事を整える、眠る前に子どもを抱く――
日々のひとつひとつの行為の中に、祈りと芸術が宿っているとしたら…
私たちの暮らしそのものが、魂の成長を促す道となるのです。
この講座では、知識や技術の習得を越えて、
「どう在るか」「どう世界と関わるか」に意識を向け、
シュタイナーの霊学に根ざした“魂の芸術”として、自らの生を育み直します。
唄と詩
アントロポゾフィでは、「言葉」や「音」はただの情報ではなく、宇宙の秩序そのものが現れた形だと考えられています。
たとえば、
• 音には響きがあり、
• 言葉には「力(ロゴス)」があり、
• 詩や唄には霊的なリズムと調和が流れています
それらは、子どもたちの身体をとおして、魂の内的な秩序・美・生命力として育まれていきます
詩や唄は、感情の深み沁み入る「響きの祈り」。
言葉の響きが、魂の奥に静かに降りそそぎ、
子どもと世界をつなぐ橋となってゆきます。
メルヒェンを読み解く
― 見える物語の奥に、見えないものを観る ―
メルヒェンには、
ひとつの意味だけでは捉えきれない
深い世界がひそんでいます。
登場人物、
繰り返しあらわれる出来事、
色や数、
道や森、
川や山、
動物たち….
物語の中に置かれたひとつひとつを、
丁寧に見つめていきます。
❖ 物語を観る
メルヒェンを読み解くことは、
「これは何を意味しているのか」と
正解を探すことではありません。
物語全体の流れに心を澄まし、
何が失われ、
何が与えられ、
どのような変容が起きているのかを
何度もたどっていきます。
すると、
最初には見えなかったものが
少しずつ姿をあらわしてきます。
人が生きていく中で出会う
問いや困難、成長や変容が
深い像として息づいています。
それらはやがて人を見るまなざしや
世界を見るまなざしを
深めていくことにもつながっていきます。
問いを持ち、
何度も物語に耳を澄まし、
その奥から立ち上がってくるものを
ともに見つめていきます。
手しごとと人形劇
❖ “つくる”ことは、“祈る”こと
子どもたちの目の前にそっとあらわれる人形。
それは言葉も表情も多くを語りません。
けれど、子どもたちの魂は、深く静かに、その存在を感じ取ります。
シュタイナー人形劇における人形とは、
情報を伝えるものではなく、魂と魂をつなぐ“霊的な媒介者”。
この講座では、シュタイナー思想に基づいた視点から、
人形劇のための人形を手で形づくり、心で命を吹き込む在り方を、丁寧に学んでいきます。
「シュタイナー思想に基づく手仕事と人形づくり」は、
霊的なまなざしと共に行う“人間の本質に触れる芸術的行為”であり、
魂に祈りを織り込みながら、手をとおして自己教育と世界との関係を織り直す時間です。
このような方へ
・メルヒェンを、子どもに語るためだけでなく、自分自身の学びとして深めたい方
・物語、色、ことば、動き、手しごとを通して、シュタイナー教育を体験的に学びたい方
・目に見えるものだけでなく、その奥にあるものを観るまなざしを育てたい方
・子どもと関わる中で、教えることの前に、聴くこと、観ることを大切にしたい方
・日々の暮らしや教育を、自分自身の内なる成長と結びつけていきたい方
・美しいものを、次の世代へ手渡していきたい方
講座詳細
期間:2026年10月〜2027年10月(全22回)
開催方法:Zoom
※2026年10月は準備期間として、動画配信授業のみとなります。
内容:メルヒェン(素話)/メルヒェンぬらし絵/ライゲン/唄と詩/手しごとと人形劇/メルヒェンを読み解く/祈りと魂の自己教育
開催日(予定)
2026年10月 準備期間・動画配信授業のみ
11月6日・20日|12月4日・18日|
2027年
1月22日|2月5日・19日|
3月5日・19日|4月2日・16日|
5月7日・21日|6月4日・18日|
7月2日・16日|8月6日|
9月3日・17日|10月1日・15日|
2026年10月 準備期間・動画配信授業のみ
11月6日・20日
12月4日・18日
2027年
1月22日
2月5日・19日
3月5日・19日
4月2日・16日
5月7日・21日
6月4日・18日
7月2日・16日
8月6日
9月3日・17日
10月1日・15日
募集説明会のご案内
Zoom開催|約1時間|参加費:1,500円
A:2026年9月5日(土)10:00〜
B:2026年9月5日(土)21:00〜
C:2026年9月6日(日)21:00〜
お申し込み方法
以下を明記のうえ、Instagram DMまたはメールでお申し込みください。
• お名前
• 年齢
• お住まいの都道府県
• ご希望日(第一希望/第二希望)
宛先:
Instagram @色とリズム
メール irotorizumu●gmail.com (●を@に変更してください)
担当 徳田 陽子
最後に
この場にいらっしゃる多くの方が、
最初は「子どものために」と思って、一歩を踏み出されました。
けれど、扉をひらいてみれば、そこに広がっていたのは、
どこまでも深く、わたしを知る旅の道でした。
子どもに語るために、
子どものために縫うために、
子どもがよろこぶようにと祈りながら歩き始めたのに、
いつしかその営みは、わたしたち自身の魂を育て直す時間となっていたのです。
そうして、自らの歩みとまなざしをとおして、
今、子どもたちを見守る大人たちがここに在る。
そのこと自体が、どれほどの祝福でしょう。
そしてまた――
そんな大人たちに見守られながら日々を生きる子どもたちも、
確かに、わたしたちを導いてくれる存在であるということに、
気づかされていきます。
共に歩むとき、
わたしたちは、学び合う存在になります。
それは、決して一方向の“教える-学ぶ”ではなく、
魂と魂が響き合いながら育ち合う、いのちの交わりです。
この場で紡がれているのは、
単なる知識や技術ではありません。
かけがえのない、ともに生きる時間なのです。
最後に
この場にいらっしゃる多くの方が、
最初は「子どものために」と思って、
一歩を踏み出されました。
けれど、扉をひらいてみれば、
そこに広がっていたのは、
どこまでも深く、
わたしを知る旅の道でした。
子どもに語るために、
子どものために縫うために、
子どもがよろこぶようにと
祈りながら歩き始めたのに、
いつしかその営みは、
わたしたち自身の魂を育て直す
時間となっていたのです。
そうして、自らの歩みと
まなざしをとおして、
今、子どもたちを見守る大人たちが
ここに在る。
そのこと自体が、
どれほどの祝福でしょう。
そしてまた――
そんな大人たちに見守られながら
日々を生きる子どもたちも、
確かに、わたしたちを導いてくれる
存在であるということに、
気づかされていきます。
共に歩むとき、
わたしたちは、
学び合う存在になります。
それは、決して一方向の
“教える-学ぶ”ではなく、
魂と魂が響き合いながら育ち合う、
いのちの交わりです。
この場で紡がれているのは、
単なる知識や技術ではありません。
かけがえのない、
ともに生きる時間なのです。
参加者の声から
はじめて人形を動かした日、
緊張のなかにそっと立ち上がってきたのは、
指先から伝わってくる人形の温もりでした。
その温もりが、いつのまにか自分の内側と外側のまなざしを調え、視点が変わり、ほどけていくような体験となりました。
手仕事が得意ではなかったわたしが、
ひとつひとつを自分の手で紡ぎ、形となって現れていく時間に夢中になり、
やがてその人形たちに命が吹き込まれていくのを感じたことは、忘れられない大切な感覚となりました。
苦手意識を超えて、自分のペースで丁寧に紡ぎ、
出来上がった人形がわたしの自信にもなってくれました。
語るという行為は、「読む」こととはまったく違うものでした。
たくさん練習したあと、最後は自分を手放し、
見えない何かに導かれるように語るという体験は、
わたしにとって“魂の道”への入り口のように感じられました。
画面の向こうから見守る先生方のまなざしのあたたかさに支えられながら、
自分もまた、誰かを信じて見守る存在でありたいと思うようになりました。
子どもたちと向き合うわたしの眼差しも、少し変わってきた気がします。
メルヒェンだけでなく、魂の暦、ライゲン、ぬらし絵、手仕事…
それぞれの学びが、点と点としてではなく、やがて一本の線になり、
霊的な次元へとつながっていくことを体験として感じました。
手を動かしながら、自分の内なる力が育っていく。
魂の成長へとつながっていく。
そんな静かな確信が、学びのたびに胸に宿っていきました。
どの学びにも、その奥には“目に見えないもの”が流れています。
それを丁寧に読みとく感性を育てながら、
愛のある意思と智慧へと変えていけたらと、今はそう願っています。
人形劇をやってみたことで、語り手としての在り方にも、
動かす手の祈りにも、また新たに気づくことができました。
上手くできたかどうかではなく、
“この場があること”が、なによりもありがたかったのです。
感謝の気持ちでいっぱいです。
徳田陽子
(色とリズム)
人生の経験を重ねるうちにこの世界で出会った美しいものたち、美しい魂に導かれて、今私はここにいます。
子どもたちが遊びこむ姿、全身でお話を聞く姿、傍らで手仕事をしたり歌う大人の姿や子どもたちへの眼差し・・・シュタイナー園での日々の営みは全てが尊く祈りの時間の連続です。
そういった感覚は本を読んだり聞いたりするだけでは、なかなか身についたり伝わるものではありません。
時代の変化についていくのが精一杯の世の中ですが、本来の自分を取り戻すためにも、 まずは私が立つことから始めていかなくてはなりません。
そこに揺るぎない一人の存在があるといういうことは、子どもたちにとってどれだけ大きなことか。都会に暮らしていても、シュタイナー園に通っていなくても、そんな場を作り出すことはできるのではないかと思っています。
自然とともに生きるとは?
これまで培ってきた経験をもとに出会ってくださった皆さんと場を共にしながら、 会を作り上げて行けたらと思っています。
【これまでと現在】
神戸市生まれ大阪市在住
明石高校美術科
武蔵野美術大学短期大学部美術科卒
美大卒業後、結婚、出産を経て
2011年より
『色とリズム』の活動をスタート
シュタイナー幼児教育に携わりながら自然との共生をテーマに植物染色、シュタイナー思想をベースとした糸かけや染色のワークショップ、展示など全国各地で開催
『エクストラレッスン』
グループセッティングコース修了
『モモのがっこう』
シュタイナー手しごと教師養成講座二期生
秋山良子
(Waldorf Nature Art School 主宰)
山の麓で、二匹の羊と四羽の鶏、
そして犬やウサギとともに暮らしています。
季節の移ろいや、動物たちの気配にふれながら、
自然と人とのあいだにある、
目には見えない響きに耳を澄ませています。
ことばの奥に、
色のひびきの中に、
子どものしぐさの影に、
まだ形にならない何かが息づいている。
その小さな兆しに気づける人でありたいと願いながら、
子どもたちと自然の中で時間を重ねてきました。
そして、その歩みの中で、
シュタイナー教育(アントロポゾフィ)を学び続けています。
私が大切にしているのは、
何かを外から与え、形づくることではありません。
一人ひとりの内にあるものが、
その人自身の時間の中で育ち、
やがて自らの力で世界へとひらかれていくこと。
メルヒェン、ぬらし絵、ことばと唄、手しごと、人形劇、
植物や自然の観察、そして星々の調べ。
異なるように見えるこれらの営みは、
私にとってすべて、
人が世界に出会い、
そして、自分自身にもう一度出会っていくための道です。
現在は、
シュタイナー思想を基盤に、
子どもの育ちに関わる方や、
自らの内面を育てていきたい大人に向けて、物語、芸術、自然、手しごとを通した学びの場をひらいています。
教えることと、学ぶこと。
語ることと、聴くこと。
導くことと、見守ること。
そのあいだを行き来しながら、
私自身もまた、
一人の学ぶ人として歩み続けたいと思っています。
【これまでと現在】
1999年、仙台ネイチャースクールを立ち上げ、
森の幼稚園、自然学校の活動を始める。
その後、障がいのある子どもたちのアートクラスや、
学校へ行かないことを選択した子どもたち、
不登校の子どもたちのためのアトリエクラスを運営し、
子どもたちの育ちに継続して関わる。
山で暮らしながら、
自然とともにある日々の中から、
大人のための手しごとや芸術の学びの場をひらく。
現在は、Waldorf Nature Art Schoolを主宰し、
・シュタイナー思想に基づく「星々の巡り」講座
・シュタイナー思想に基づく芸術療法
・シュタイナー手しごと教師養成講座
・春夏秋冬、季節と巡るシュタイナーの手しごと講座
などを開催しています。
また、里山おうちえん
「シュタイナー教育講座 光の小径」講師として、
子どもを観るまなざしや、自然観察、アントロポゾフィの学びを伝えています。
2027年春には、
シュタイナー教育を基盤としたオルタナティブスクール
「星と大地のがっこう」の立ち上げメンバーとして開校準備に携わり、
一期生の担任を務める予定です。

